北区、鷹峯にある光悦寺辺りを散策しました。
光悦寺へは、北大路バスターミナルから市バス北1系統が出ています。
北1系統は、「仏教大学前」の停留所から先は、細めの坂道に入ります。ここからバスは一方方向になり逆向けのバスはなく、帰りは同じバス停で乗ると、そのまま北大路駅に帰ります。
光悦寺には、坂を上がった突き当たりの「鷹峯源光庵前」で降ります。その突き当たりには案内看板がありました。

この辺りは、お寺や昔ながらの民家があり、静かな雰囲気のある所です。まず光悦寺へ。
光悦寺は、通りからモミジの茂った路地を入ります。間口5Mくらいで一瞬見逃しそうになりますが、
奥へずっと続く緑の道に惹き込まれ、ここから異空間という気持ちになります。

光悦寺は、徳川家康が、本阿弥光悦に、この辺り一帯を野屋敷として与えたことから由来します。
芸術面に豊かな才能のあった光悦が、この地で工芸集落を営み、本阿弥家先祖供養の位牌堂が、後に寺として日蓮宗光悦寺になったようです。
そんなことからか?、光悦寺は他のお寺となんだか違って、本堂の奥に、茶席がいくつもあり、緑の路地を練り歩くような庭になっていました。

茶席

有名な光悦垣。10月はじめで、少し紅葉していました。

本阿弥庵からの眺め。向こう側に京都市を見下ろす。
光悦寺を出て、すぐに源光庵があります。
こちらは、「血天井」と呼ばれる本堂の天井でも有名です。戦の恨跡の残る伏見桃山城の遺構を、供養のために移されたそうで、天井には、手や足形の跡が残っていました。
また「悟りの窓」と、「迷いの窓」と呼ばれる窓もあります。悟りの窓は、「禅と円通」の心を表し、迷いの窓は、「人間の生涯」を表しているそうです。

左丸窓が「悟りの窓」。右四角が、「迷いの窓」。

庭
最後に常照寺に行きました。
江戸時代の天下の名妓として一世を風靡したという、2代目「吉野太夫」ゆかりのお寺だそうです。吉野太夫が寄進した赤色の「吉野門」や、「吉野窓」のある、茶席「遺芳庵」があります。

吉野門

遺芳庵の吉野窓。完璧な円でなく、下はまっすぐにすることで、完璧ではない自分をみたてたのでは
と言われています。遺芳庵の中が見れるのは、11月や4月頃の観光シーズン時や茶席のある時だそうです。開いている時期の方が少ないみたいで残念。
ここでは始めに15分ほどのビデオを見せてもらい、常照寺のことがわかるようになっていました。吉野太夫を忍んで、毎年4月に「吉野太夫花供養」があるそうで、現役の島原太夫が「太夫道中」という源光庵から常照寺までを歩く姿が流れていました。今度はそれを見に行きたくなりました。